細菌塗抹標本集
No.1 肺炎球菌
57才男性、高熱、カゼに引き続き肺炎を呈する。膿性痰中に認められたStreptococcus pneumoniae(×1000)。多数の好中球とともにグラム陽性双球菌が認められる。菌体の周囲は莢膜により透けて見える。個々の菌体は細長く、短桿菌様に見える。また、双球菌が連鎖をなして認められたり、菌体の周囲が赤く染まったりすることもある。莢膜を有するため、あまり貪食像はみられない。はっきりとした莢膜を持つ菌は、病原性が強いことが示唆される。市中肺炎では最も頻度が高く病原性が強い細菌であるため、この菌を的確に見極めることは重要である。
No.2 インフルエンザ菌
45才女性、カゼを引き一時熱が下がるが、咳がいつまでも続く。膿性痰のグラム染色像(×1000)微小なグラム陰性の多形性を有する短桿菌が多数の好中球と共に認められる。好中球に貪食されている像は乏しく無数に散らばる像のほうをよく観察される。時に抗生剤によりフィラメントを形成し、糸状を呈することもHaemophilus influenzaeの特徴である。咽頭由来の染色像では好中球はあまり見うけられず扁平上皮細胞の周りに多数認められる。難染性の本菌はサフラニンよりもパイフェルでの染色を推奨する。小さいため見落としやすい細菌であり、標本の薄いところを注意深く観察するとよい。
No.3 ブランハメラ・カタラーリス
65才男性、発熱、咳嗽、膿性喀痰。膿性痰のグラム染色像(×1000)。多数のグラム陰性双球菌が好中球と共に認められる。Branhamella catarrhalis は、好中球によく貪食される。本菌は呼吸器感染症をはじめ、易感染宿主における心内膜炎、髄膜炎、また眼科、耳鼻科領域など幅広い感染症の起炎菌として重要な細菌である。本菌の臨床分離株の 90%以上がβ-ラクタマーゼ産生株である。ペニシリン系薬剤や、第一世代セフェム系薬剤が無効であるため、薬剤選択上グラム染色の意義はきわめて高い。
No.4 黄色ブドウ球菌
68才男性、肺癌の手術後2日目に出された膿性痰のグラム染色像(×1000)。多数の好中球に貪食されたグラム陽性球菌が多数認められる。ブドウの房状を呈するStahylococcus aureusが認められた症例である。貪食されたS.aureusは球状ではなくカス状を呈し形態が変化している像も認められる。本菌はよく貪食されやすい菌である。このような像が認められたときは、病原性を示唆するので主治医に報告するとよい。また本菌は院内感染で一番重要なMRSAの可能性をふまえた培養検査をするとよい。
No.5 エンテロバクター
55才女性、留置カテーテル尿。尿路感染を疑い グラム染色を実施(×1000)。多数のグラム陽性球菌と一部フィラメント状に変形したグラム陰性桿菌が認められた。フィラメントの形成は 高濃度に排泄された薬剤(β-ラクタム剤のときは特に)の影響と考えられる。薬剤の投与を中止すると、再分裂して増殖してくる場合が多く、治療に悪影響をあたえることもしばしば見受けられる。しかし、薬剤にかかわりなくしばしば出現することもある。培養の結果本菌はEnterobacter aerogenesであった。
No.7 破傷風菌
属性 55才、男性
主訴 前胸部痛、心筋梗塞
※手術後2日目痙攣、上肢堅く、頂部硬直が出現、右手第2指に創傷あり。
既往歴 50才頃より高血圧のため近医通院加療中、グラム陽性の有芽胞桿菌であるClostridium tetaniが嫌気性培養により検出された。本菌の芽胞は円形、菌体の一端に位置し(端在性)菌体より膨隆し、特徴的な<太鼓のバチ状>を呈する。培養は最低でも一週間観察する。
No.8 Clostridium perfringens
属性 69才、女性
主訴 右足・足首の発赤腫張
既往歴 糖尿病、脳梗塞後の右半身麻痺
腫張部切開時の摘出組織スタンプ標本のグラム染色(×1000)。両端が鈍円で真っ直ぐな大きいグラム陽性桿菌が認められた。嫌気培養の結果Clostridium perfringens が検出された。本菌はウェルシュ菌とも言われガス壊疽、食中毒の原因菌である。本菌の芽胞は、中央または偏在性に位置しその部位は膨隆しない。また、培養菌には芽胞は認めにくゝ車輌型を呈するのが特徴である。
No.9 肺炎球菌(髄膜炎)
属性 15才、男性
主訴 発熱、全身痙攣
※追加試験 抗原検査 肺炎連鎖球菌(+)(スライデックス メニンギート キット5)グラム陽性のランセット型の双球菌が認められ、時に短連鎖をなす。莢膜を有するので周辺が抜けてみえる。肺炎球菌は検体のグラム染色標本により推定可能である。細菌性髄膜炎は、死亡率の高い重篤な疾患であるのでグラム染色、抗原検査は迅速な医療情報として重要である。
No.10 髄膜炎菌
19才女性、意識障害のため、近医より紹介される。髄液の肉眼的所見は白濁していた。髄液のグラム染色(×1000)。多数の好中球と共にグラム陰性双球菌の貪食像が認められる。Neisseria meningitides (流行性髄膜炎―法定伝染病)が推測され、検出された一症例。本菌は冷蔵保存により死滅するため、やむなく保存する場合冷所は避ける。小児、若者の市中感染の髄膜炎の原因菌として重要である。
No.11 クリプトコッカス・ネオフォルマンス
36才、男性、非血友病のHIV感染者で数日前から頭痛が認められた。髄液を採取し墨汁染色を実施した(×400)。酵母様菌体(時に分芽が認められる)の周囲に幅広い莢膜が観察され、培養の結果Cryptococcus neoformans が検出された。培養菌では莢膜の形成は乏しく、消失したりするが菌体が大小不同の大きな正球性であるので容易に推察される。わが国でもHIV 感染者が増加傾向を示しており注意が必要である。HIV感染者では頭痛や髄液細胞数の増加の特徴的な所見が認められないことが多い。